画人文人 よんじょう
南仏コートダジュール在住の日本人。藍の万年筆で描かれる独自の絵は不思議な魅力を放つ。個展で展示される100点ほどの絵はほぼ完売。アメブロのヨーロッパ部門で有名なブロガーでもある。
<南仏ネコ絵巻>ではフランスの猫にまつわるグッズやよもやま話をイラストとともに紹介します。

「フランス絵巻」

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日本ではあり得ない猫飼いエピソードが仏国には多々あります。

今回はそんなお話。

広い庭つきの一軒家に住んでいる5人家族が、黒猫の里親になって2年。
黒猫の名は、レウィス(オス猫)。
いまではスッカリ家族のアイドルです。

そんな彼が、突然、家に帰ってこない日がありました。

近所中を捜しても見当たらず。
気配がないまま、とうとう1週間あまりが過ぎ、諦めかけたころ、こんな展開に…。

(5人家族の)お母さんの談話。
「週末、電気工事をしている時でした。不意に“ミャ~”と、猫の鳴き声が聞こえたんです。
それは、間違いなくレウィスの声でした。
咄嗟に、庭に出て、『レウィス~、レウィス~、どこにいるの~!!』と呼びかけながら、鳴き声が聞こえる方向に歩いていきました。
でも、鳴き声が頼りなく、どこにいるのかわからない。庭にいるのは確かなのに、(レウィスが)何かに挟まってるような感じもして、手がかり無しでした」

翌日、お父さんが捜しに出ました。
お父さんも、繰り返し名前を呼びながら、庭中を歩きまわり、ようやく「あっ!ここだ!!」と、黒猫の居場所を突き止めました。

声はどこから聞こえていたのか?
というと、

庭のブロック塀の中!

塀は、ブロックをセメントで築いた壁で、全体の長さは約5m、高さ約1.6m、幅1.5m

老朽化で水漏れ等の問題が発生していた為、2週間前から修理工事が始まり、完成したばかりの塀でした。

お父さんは、塀に直接、耳をあて、猫の声を確認し、「レウィスはこの中にいる!!」と確信。

おもむろに、大きな金槌を持って、壁の上に立ち、セメント塀(の一角)を力まかせに壊しました。

果たして、
壊した穴の中からレウィス発見!
行方不明から12日目の救出劇でした。
なぜ、こんなことになったのか?

ブロック塀の工事は数日間にわたる為、工事途中の塀の中に、夜間、猫が入りこんだんですわ。

猫の習性として、
①暗い場所、②狭い場所、③身を隠せる場所を好むという特徴がありますから、工事で一部が剥き出しになっているセメント塀は、猛烈に魅力的な隠れ家なんですね。

で、
その翌朝、
猫が中にいることに気づかないまま、作業員がセメントで(ブロックで)埋めてしまったというわけです。

日本の893(ヤーさん)が“オトシマエ”をつけるのに、生きた人間をセメント埋めにする話がありましたが、まさに、猫は塀の中で生き埋め寸前…。

まず、このエピソードで、ものすごくフランス的なのは、作業員が猫に気づかずに、壁をセメントで埋めてしまったという点。

10歩譲って、“黒猫”だった為、その姿が目立たなかったとしても、昼間、眼前の生きた塊に誰1人気づかない、というのは日本ではあり得ませんよね。

そして、完成したばかりの壁を、また壊している、という不毛な労力もフランス的。

個人的には、金槌が、(中の)猫を直撃せずにホっとしました。
救済した猫が打撲で死亡っていうオチも、フランスならあり得ますんで……。

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ところで。塀の中で生き埋めモドキになった猫が、なぜ、12日間も生きていられたのか?

通常の“生き埋め“は、セメントを流し込むことで空気がなくなり、窒息死に至ります。
幸い、このブロック塀は、横に長く、中に(細い)空洞があったそうで、猫はその空洞を、壁の長さ分だけ動くことができたようです。

しかし、

空気は確保できても、食べ物も水もない環境で、どうやって生き延びたのか?

猫も人間も、食料がなくてもスグには死なないけれど、水は、3日間飲まないと死んでしまうといわれています。

その点、猫は、発生の起源が砂漠にある為、腎臓が砂漠仕様(※イエネコの祖先は中東の砂漠に生息していたリビアヤマネコといわれている)。
このため、水分は少量でも平気でいられます。

とはいえ、1週間以上、水を飲まずに生きるのはホボ不可能です。
しかも、レウィスが救出された時、痩せ衰えてなかったどころか、
黒猫の毛は黒々としてツヤを増し(笑)、すこぶる元気だったそうです。
そこで推測されたのは、

塀の空洞の中にいたネズミをとって食べていた!ということ。

ネズミのカラダは水分が65%。
猫がネズミ1匹食べれば、数日分の水分を補えるそうです。

狭い空洞にネズミがいて、それを猫が喰らっているシーンは、人間の脳内では戦慄劇場ですが、ネズミが猫の生命を救っていたという命の連鎖が、塀の中でおこなわれていたことに少なからず感動しました。

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外からエサを与えられなくても、元来、自然界はこうして生命が繋がる仕組みになっているんですね。
猫もネズミも、与えられた命を全うすれば、全体のバランスが取れるのです。

ネズミにとって猫は、敵のようでいて、実は、猫の命を存続させる神。

これが日本の神話なら、塀に“ネズミ神”をお祀りして、鬼子母神となるとこでしょうけど、自然界には、敵は存在しないということになります。

人間界も、これと同じ連鎖で成り立っています。
すべては繋がっているのです。

いかに憎い上司も、ストレス100%の仕事も、殺意さえ覚える配偶者も、
“あなたがいるオカゲで高野山も越えられる!”と、心から感謝したいものですニャ~。

以上、壮大な塀物語でした。